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海清寺 西宮市

今回は 私の住んでいる西宮市の海清寺のご紹介です

海清寺は 西宮市役所のすぐ向かいにある禅寺です
南北朝のころ 1394年 創建された古刹です

海清寺 三門

海清寺の三門 享保2年(1717)年造立です

市役所周辺の地名は 六湛寺町 
六湛寺って どのお寺? 探しましたが 見当たりません

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theme : 寺社仏閣
genre : 写真

tag : 西宮市

眼病封じの寺 壷阪寺

3月の終わりに 西国三十三所観音霊場の第六番札所 眼病封じの寺 お里沢市のお話で有名な大和の壷阪寺に行ってきました

いま 奈良は平城遷都1300年記念ということで いろいろなイベントが行われています
ここ壷阪寺も重要文化財三重塔初層特別開扉とご本尊様のご開帳をしているのです

本尊十一面千手観世音菩薩は眼病に霊験あらたかな観音様、目の観音様として全国各地から毎日多くの参拝者が訪れています

私は眼はもう手術をしてすっかりよく見えるようになったので もうこちらの観音様にお願いする必要は無いと思うのですが 3月はふもとの高取の町でひなまつりをしているので お雛様見物とかけていってきました

壷阪寺仁王門

行ったのは3月30日 晴れた日でサクラも咲き始めていました

壷阪寺は 奈良県高市郡高取町壷阪
藤原京の中心道路である朱雀大路を拡張した線上の高取山に位置します

近くには 橿原神宮があり となりは明日香村です


より大きな地図で 壷阪寺 を表示

大阪あべのから近鉄電車吉野線に乗り橿原神宮をこして 壺阪山で下車します ここまで約40分です

壺阪山駅

お寺は山の上にありますので 駅からバスに乗っていきます バスが出た後ならタクシーでどうぞ

壷阪寺全景です サクラがさいています

壷阪寺全景


最初に出会うのが 仁王門 仁王様です
仁王尊は各、一丈一尺の大きさであり、背後からの釣金の助けなく立たれています

壷阪寺 仁王様

仁王門をくぐっていきますと多宝塔がありました
石段の上 右手に見えているのが 今回初めて公開される三重の塔(国指定重要文化財)です
左に見える大きな屋根は 禮堂です

多宝塔


禮堂 国指定重要文化財 です
禮堂とは ご本尊様を拝むために建てられた建物です

禮堂

ここに奉納された石灯篭にこんな名前が・・ これはいま話題のあのお方では・・

禮堂2


ご本尊の十一面観世音菩薩様は 禮堂の奥の八角円堂に祀られていました

八角堂


ご本尊様は 撮影禁止とは書いていなかったので失礼して写させていただきました
手が震えて ボケています
仏様を写すのは やはり罰当たりなのかなぁ

十一面観世音菩薩


こんなところに鬼さんがたくさんいてました
この鬼は 開運厄除・家内安全 魔除面で 鬼門を守る、眼病退散、トイレでこけない
厄年退散なのだそうです

私は 開運厄除・家内安全の赤鬼さんを買って帰りましたが 考えてみたら 厄年関係なかった・・

魔よけの鬼


いよいよ三重の塔の内側に入ります
今回初めて初層だけですが開扉して内拝できるのです
内陣に安置されている大日如来坐像と秘仏弘法大師像が特別拝観できるのです
ここは撮影禁止です

三重の塔は 室町時代 明応6年(1497)再建です
この正面から入って 中をぐるりと回って裏ぐち 禮堂に面した出口からでるのだったそうですが 私は 中に入って仏様と対面して そのまま回れ右をして 入り口から出てしまいました
何事にも先達はあったほうがいいようです
高校時代に習った徒然草の「仁和寺にある法師」を思い出してしまいました

三重の塔

三重塔【重文】の初層内陣公開  西国三十三所結縁御開帳 壷阪観音の特別拝観は 5月31日までです  こちら参照

壷阪寺は お里沢市の「壷坂霊験記」で有名です
眼の見えない座頭沢市と女房お里の悲しい話です こちら参照

投身の谷の上に立つお里澤市の像です

お里沢市の像

高取の町には 二人のお墓がありました

壷阪寺は 大きな石で作った観音様やお釈迦様がおられました

お釈迦様

仁王門のところの観音様

観音様

上のほうには大きな観音様もおられましたが バスの時間があるので そろそろ帰ります
上から眺めた風景です

サクラの中の壷阪寺

アルバムに入れていますので よろしければご覧ください

眼病封じの壷坂寺


この後 山の下の高取の町並み 土佐街道を歩き 町屋の雛めぐりをしました
日本一の山城「高取城」の城下町として栄えた高取町は 昔からの町家が、多く現存し、その当時の佇まいを残しています
2007年から、始まった「町家の雛めぐり」は、今回で4回目 90件からのお宅が雛を飾って 出迎えてくださっています



当BLOGで使用している写真 動画の複製 無断使用 お持ち出しは ご遠慮くださいね



カメラ機種名 Canon EOS Kiss Digital X
撮影日時 2010/03/30
レンズ TAMRON AF 17.0 - 50.0 mm

カメラ機種名 Canon PowerShot G10
撮影日時 2010/03/30

tag : 西国33観音霊場 奈良県

播州書写山園教寺

今回は あのラストサムライのロケ地 トム・クルーズ様と渡辺謙様の歩いた園教寺ご案内です

豊かな自然に囲まれた書寫山圓教寺は、西国三十三観音霊場第二十七番札所です
重要文化財の建物や仏像群が訪れる人々の目を楽しませてくれます。
西の比叡山とも呼ばれています。

摩尼殿 (如意輪堂)です

書写山園教寺

書写山園教寺は 兵庫県姫路市の姫路城の西北約6㎞に位置する、海抜371mの山上にあります
mapです


大きな地図で見る

学生時代に行ったことが有るような気もするのですが 全く覚えていません

書写山へは ロープウエイで山上駅まで登ります
バスで上までは登れないのです 

ロープウエイ

ロープウエイ山上駅には 4分ほどで着きます
ここからは参道を歩くか(15分) マイクロバスで本堂まで行くことも出来ます(有料)

私は あるきました

慈悲の鐘です
可愛い幼稚園児が記念撮影をしていました
この鐘楼は平成4年 世界平和を願って建立され いつでも 誰でもつくことが出来ます

園児たち

参道には 西国33箇所の観音様が立っておられます

観音様

参道を歩いていくと 見晴らしの良いところにでました
皆が立ち止まって何かを見ています
田んぼアートが下に見えました
古代米などを使って田んぼに絵が浮き出るようになっているのです

でも 残念なことにどういう絵なのかよく分かりませんでした

田んぼアート

しばらく歩くと大きな仁王門が見えてきました
この三つ棟造りの仁王門は 江戸初期の建物です これより先が 園教寺境内です

仁王門

緩やかな坂道を登っていきます

参道

塔頭の十妙院 江戸時代の建物です 11月には内部公開をするようです

塔頭十妙院

まもなく本堂(摩尼殿 )です
ここは湯屋橋 右手は はづき茶屋です

湯屋橋と茶屋
本堂です
ここで靴を脱いで上がります
この日は秋の特別拝観で 内陣が公開されていました

摩尼殿

内陣と言うのは 本堂の中のおくの部分で普段は一般の人は入れないのです
勿論本堂内は撮影禁止ですので 写真はありません

本堂には ご本尊様の六臂如意輪観世音菩薩

そして 四天王(多聞天 広目天 増長天 持國天)がおられました
ありがたく 拝んできました

摩尼殿は 清水寺と同じく舞台づくりです
この堂の創建前、天人が桜樹を礼拝するのを見て、上人が根のあるままの生木に観音像を刻まれました。
そのために岩山の中腹に舞台造りの建物となりました

摩尼殿舞台

目の下に茶屋が見えます

はづき茶屋

この後 本当は 奥の院まで行くつもりだったのです
せめて ラストサムライの撮影をした3つの堂まで行くはずだったのですが 残念タイムリミット
ゆっくりと写しながら歩いてきたので 時間がなくなりました

生協さんのかまぼこ工場見学と書写山という催しに参加してきたのです

3つの堂まで往復すると チラッと見るだけでもやはり20分ぐらいはかかります
涙をのんで引き返しました
こんどまた個人で行きたいと思っています

集合場所のロープウエイ山上駅に着きましたら まだ戻っていない人がいて 待ちました
こんなことなら私も3つの堂まで行けばよかった・・

でも 人を待たせるよりも 待つほうが気が楽ね

帰路 バスは姫路城の前を通ってくれました
世界遺産姫路城は やはり綺麗ですね
姫路城も 平成の大改修で工事にはいります
来年4月からは すっぽりと大屋根(素屋根)で覆われてしまいこの姿は見れなくなります
素屋根が取れるのは 2014年だそうです

姫路城


アルバムにしています
よろしかったら他にも写真がありますのでご覧くださいね

播州書写山園教寺


この記事は 「デジカメ散歩日記」にアップしたものの再掲です
デジカメ散歩日記には お寺以外のいろいろな所を紹介しています よろしかったら見に来てくださいね

カメラ機種名 Canon PowerShot G10
撮影日時 2009/10/16

theme : 寺社仏閣
genre : 写真

tag : 西国33観音霊場

楠公さん 神戸湊川神社

今回は神戸湊川神社のご案内です

みなとがわ神社と読みます
JR神戸線 「神戸駅」から北へ徒歩約3分の場所にあります

湊川神社1

立派でしょう?
神戸では 湊川神社なんていわないのです
みんな 「楠公さん」と呼んでいます
さぁ な~~んでかな?

湊川神社は 楠木正成公を主神として祀ってある神社です
嗚呼忠臣楠木正成 です
ついでながら 嗚呼 よめますか?
ああ と読みます なるこではないのです
私は高校生のとき なること呼んで先輩に笑われました

楠木正成のことを大楠公(なんこう) その子正行は 小楠公と呼ばれています
で なんこうさんなのです

「初詣 どこ行く?」 「楠公さん いこか」 てな具合に使います

湊川神社2

ここで なぜ忠臣楠木正成なのか ちょっと歴史のお勉強です
歴史 嫌いな人は ↓の部分 無視してください

いま 歴女と言う言葉はやっています
歴史好きの女ですね 最近多いそうです

この間 妹とで話していて 「あんた 元祖歴女やねぇ」って言われました
そう TOSSYは 小学生の頃からの歴女です お寺にもよく行くから 佛女でもあります

湊川神社
主神 楠木正成公(大楠公)

大楠公は 後醍醐天皇の目指す親政を阻止せんとする鎌倉幕府の勢力や 武家の政権を新たに建てようとする足利尊氏と戦い この湊川の地で足利軍と戦って敗れ亡くなりました。
地元の人々は 塚を大切に守ってきました
元禄5年(1692年)水戸光圀公(黄門さん)が 忠臣大楠公の墓を建立しました
黄門さんは現地には来なかったそうですが 家臣佐々介三郎宗淳(助さん)が現場監督をしたそうです(これ ホントの話)

明治元年 明治天皇は大楠公の忠義を構成に伝えるため 神社の創建を命じられ 明治5年 湊川神社が創建されました

楠木正成公は 永仁2年(1924年)河内の国水分(大坂府千早赤阪村)の生まれで この地の豪族の出身です
幕府を倒そうとたちあがった後醍醐天皇に仕えました
後醍醐天皇は 鎌倉幕府に捕らえられ、隠岐島(島根県)に流されてしまいます

天皇が流された後も 河内の千早城で正成は戦い続けます
幕府の御家人であった足利尊氏や新田義貞も幕府打倒に動き 鎌倉幕府は倒れます

尊氏は鎌倉に入り また 武家による政事を復活させようとします
朝廷は 尊氏を反逆者とみなし 新田義貞に討伐を命じます
それから約1年間戦乱の世が続きます

延元元年(1336年)足利軍が京都を占領しますが 半月ほどで大楠公などの朝廷軍に破れ尊氏は九州に落ちます
九州で西国武士を集めた尊氏は 大軍を従えて京都に向かいます
その途中で足利軍を防ごうと考えた朝廷方は 新田義貞と楠木正成(大楠公)に 兵庫で尊氏の大軍を迎え撃つことを命じました

5月23日 大楠公は兵庫に向かって出陣し 途中 桜井の駅(大坂府三島郡島本町)で 正行公と別れ 5月25日 兵庫会下山(えげさん)に陣をはり 新田軍は和田岬に陣を取り 足利軍に備えますが 戦い破れ正成は討死し義貞は都へ逃れます

後醍醐天皇は 吉野(奈良県)に新しく朝廷を開き 京都朝廷(北朝)由の朝廷(南朝)の並立する南北朝時代が始まるのです 湊川神社HPより引用



楠木正成の紋は 菊水です

菊水紋

本殿です
KOBE ALIVE と言うイベントの会場になっていました

よさこいを神前で踊る 神様 喜んでいるでしょう びっくりしているかな

湊川神社本殿3

現在のご社殿は、戦災によって焼失したものを、昭和27年(1952年)10月24日に復興新築されたもので、様式は権現造に似ていますが、鉄筋コンクリート造で建てられており、戦後の新しい神社建築様式として代表的な建物と言われています。

御社殿には 平櫛田中柵の金色の獅子・狛犬があるそうです こんどもう一度行って見てきましょう

この間は よさこいをしていたので 後から考えてみれば参拝をしていませんでした

本殿の屋根にも菊水の紋がついています

湊川神社4

河内節の歌い手に 菊水丸がいますね
河内屋菊水丸 楠公さんの本拠地河内だから菊水なのでしょうね

神戸銘菓の瓦せんべいにも菊水紋がついています
↓は この間鉄人28号を見に行った長田の町の焼け残った古いおせんべいやさんの絵看板です
桜井の駅の子別れのシーンなのでしょうね

看板

鳥居は えらい新しいです たぶん震災後作り直されたのでしょうね
住吉さんも えベッさんも 石の鳥居はみんなまっさら(新しい)ですわ

湊川神社鳥居

境内には なんといっても楠木の大木です
兵庫県の木は クスノキです ちなみに神戸市の木は サザンカだそうです

楠公さんとは余り関係のない西宮市の木は クスノキです

湊川神社 境内から門

上で文章で書いたようなことを絵で描いてありました

「大楠公御一代記」
大楠公生涯の図

黄門さんが作ったというお墓への案内板がありました

墓所の案内図

ご墓所(ぼしょ)(国史蹟・楠木正成墓碑【ぼひ】)

大楠公及び御弟正季卿以下ご一族十六柱並びに菊池武吉卿を葬った所で、境内東南隅にひっそりとありました(国指定文化財史蹟)。

楠木正成の墓所

河内の観心寺に楠木正成公の首塚があるのです

観心寺の首塚

ということは 湊川神社には 首がないの?

ざっと 後案内しましたが 楠木正成関連は 桜井駅跡には、陸軍大将乃木希典筆「楠公父子訣別之所」の碑があります
TOSSYは ここで 嗚呼をなること呼んだのでした
嗚呼で始まる漢詩でした

元帥東郷平八郎筆「子わかれの 松のしづくに 袖ぬれて 昔をしのぶ さくらゐのさと」(明治天皇御製)の碑もあります

桜井駅跡は 大阪府三島郡島本町桜井 
最寄り駅は阪急電鉄京都線島本駅です

湊川神社へは 

■JR神戸線 「神戸駅」から北へ徒歩約3分
■阪急・阪神・山陽各電車は、「高速神戸駅」すぐ です

湊川神社アクセスマップ

観心寺は 紅葉の名所です
大阪府河内長野市です
以前に紅葉を写しにいったときの写真をアップした記事です
よろしかったら こちら どうぞ

この記事は TOSSYの「デジカメ散歩日記」からの再掲です
デジカメ散歩日記は いろいろなところのご案内です
宜しかったら 見に来てくださいね

当BLOGで使用している写真 動画の複製 無断使用 お持ち出しは ご遠慮くださいね



カメラ機種名 Canon PowerShot G10
撮影日時 2009/09/21

theme : 史跡・神社・仏閣
genre : 写真

tag : 神社 神戸市

画像が表示しない記事がある件について

過去ログに中に 画像表示がうまくいっていないものがあります
FC2側の事情で 画像の格納する場所が変わりfileアドレスの変更がうまくいっていないものがあり それで 画像がありませんニなってしまっています
特に デジカメ散歩日記からの再掲したものがそうなっていることが多いのです
見つけ次第 アップしなおしていっています

もし そういう記事にぶつかりましたら ごめんなさいね
コメントでお知らせくださるとうれしいです



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歴女 仏女 TOSSYです

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