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中国観音第十番 千光寺

今回は 中国観音霊場第10番札所 尾道の千光寺のお参りです

大宝山権現院千光寺は 大同元年(806年)開基 
本堂は 懸崖に張り出した珍しい舞台つくりのお堂です

がけの途中にあり ロープウエイであがってから 参道を下ってお参りするのが一般的です
参道は表 裏 二つありますが 海の見える表参道からの法が足元も景色いいですね

山門です あまり簡素な門なのでびっくりしました

山門


赤い舞台のあるのが本堂です
左下に見えている小さな屋根は 大仙堂 その左 銅版葺きの屋根は 33観音堂です

千光寺 本堂1

千光寺さんからの眺めは 最高です
目の前の海は まるで川のようです

本堂と尾道水道


ご本尊の十一面千手観音菩薩は 33年に一度ご開帳の秘仏です
普段は お前立ちを拝むのです

お前立ちの観音様



33観音堂です
お堂の正面には桜木で造られた百八煩悩滅除大念珠が下げてあり、幸せを念じながらゆっくりと引きますと珠が上から落ちてカチカチと音がします。この音で苦しみの根源である煩悩を打ち消して、観音様の御守護が頂けると言われています。

もちろん カチカチとおまいりしてきました



お大師さんをおまつりした大師堂です

大師堂


このお寺は だるまが多く寄進してありました
だるまの絵馬が いっぱい売られていました

太子堂


鐘楼です つかないでくださいって 張り紙がありました

鐘楼


この岩山は 玉の岩 周り五十米、高さ十五米あります 
伝説があるのです
『往古この岩上に如意宝珠あり、夜ごとに異光遥かに海上を照らす・・・』

今は 電光で3色に輝く宝珠が置かれています 光るのは夜です

玉の岩の宝珠


岩が まるで鏡のようにきれいに丸く磨かれていました
昔、玉の岩の宝珠または太陽、月の光を鏡のように反射させていたと伝えられており、鏡には神が宿るという信仰の対象であったと言われています。

鏡岩


千光寺の鎮守は熊野権現と石鎚蔵王権現です

大きな岩には 烏天狗が彫られていました
烏天狗は 熊野権現の神使いといわれています

烏天狗


千光寺は まるで岩山に立てられたようなところです
その岩山(石鎚山)に鎖を取り付けて 平成17年から 登れるようになっているのです

私は ジーンズにスニーカーでしたが とても無理ですね 登っていません

鎖場



33観音から少し下がったところに毘沙門堂がありました

毘沙門堂


近くに 磨崖佛が ひっそりとありました

磨崖佛1磨崖佛2


千光寺には 2005年8月末に中国観音霊場めぐりの旅で 初めてお参りをして あまりにも崖にへばりつくようにお堂がいろいろと建っていて どういう風になっているのかさっぱりわかりませんでした

写真もあまりうまく写せなくて 2006年9月はじめにもう一度 今度は 個人で 青春118切符を使っていってきました
どちらもすごく暑い日で 汗だくになりながら 石段を歩きました

岩 岩 岩のこの場所にこんなに見事な舞台を持ったお堂をどのようにして建てたのか 本当に驚きです
見晴らしのいい場所に立てたかったのでしょうか

お寺に続く道も 雨の日は足元に十分注意をしないと ぬれた石はすべるでしょう

忘れられないお寺になりました

今回の写真は ほとんどがその2006年のときに写したものです

最後に 向島から見た 千光寺全景です 
フェリーに乗ってわたって写してきました

千光寺全景


千光寺山いったいは 風光明媚な公園になっています
しまなみ海道も 見えます お天気が良いときは本当にきれいです

パノラマ写真です クリックすると原寸になります

panorama


周辺mapです 車の場合は 千光寺公園の駐車場から歩くことになります
くだりのロープウェイには 絶対に乗らないこと
お寺の上空を通り過ぎて下まで行ってしまいますよ

MAP


千光寺のHPは こちら
なかなか良くできたHPで 面白いでした

中国観音霊場巡礼の旅 この後は 三原市にある第12番佛通寺に向かいました。
このお寺は人里はなれたところにあったのですが すばらしいお寺でした
では お楽しみに


カメラ機種名 Canon PowerShot A95
撮影日時 2005/08/29

カメラ機種名 Canon EOS Kiss Digital N
撮影日時 2006/09/04
レンズ 18.0 - 200.0 mm

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特別霊場 西国寺

中国観音霊場参りの旅 第4回は 備後の国 尾道の西国寺 千光寺 そして三原市の佛通寺の三寺のお参りです

朝早くに出発したバスが尾道に着いたのは 11時半ごろ まずは腹ごしらえとお参りよりも先に食事をする民宿へと行きました

民宿で食事を済ませた後 大型バスを30人のリのマイクロバスに乗り換えての参詣です
尾道は 狭い道と坂のまち
12mもの長さの大型バスは 町に入るのは無理なのです

まずが 西国寺におまいりしました

西国寺は 33札所には入っていませんが 特別霊場と言うことでお参りをしたのです

西国寺は 真言宗醍醐派の大本山で 美しい朱塗りの三重の塔と大きなわらじのかかった仁王門で 有名ですね

まず 最初に境内案内図を見ていただきましょうか
尾道は坂の町 平たい地面はすくないのです 凄く複雑な伽藍配置です

境内は3段に別れていて 下段に仁王門 中段には 金堂 鐘楼 上段には 持仏堂 太子堂 不動堂 さらに一段高く三重の塔 堂々たる大寺院です

境内案内図



仁王門です 室町末期に建立された楼門形式の山門で 山号「摩尼山」の扁額がかかっています

健脚祈願の大わらじが 沢山奉納されています
私も小さなわらで作ったわらじのお守りを買って リュックにつけました
お参りの旅 最後まで続けることが出来ますように・・

仁王門1


仁王


仁王門から金堂まで 108段の石段がまっすぐに伸びています

石段


上から後ろを振り向けば はるか下に見える大屋根は仁王門 向島の岩屋山が一服の絵のように見えています
右手に見えているのは 塔中のひとつ 十王院の瓦屋根です

西国寺からの眺め


金堂 国の重用文化財です
南北朝時代に備後の守護山名氏によって再建されました
本尊の薬師如来は50年に一度ご開帳の秘仏です

金堂正面


さらに石段を上がると 左手に中国観音特別霊場礼拝堂となる太子堂が有り 隣には毘沙門堂 不動堂が 並んでいます
写真クリックでおおきくなります

上段境内


私たちは ここ 太子堂でおまいりをしました

太子堂


内部です

内部


持佛堂です




玄関です 後ろの山の上に三重の塔が見えていますね
1429年 足利六代将軍義教によって建立されました

持佛堂


太子堂の右手より 三重の塔への石段が続きます
瓦屋根って 美しいですね これは毘沙門堂の屋根です
 
三重の塔への石段


三重の塔には 如意輪観世音菩薩が祀られています

三重塔


ここは 手や口をすすぐ所 水屋です ずい分とこった彫刻です

水屋


バスがつく駐車場は 上段にちかいところで 最初に太子堂でおまいりし それから三重の塔にまでか石段を上がり 降りてきて 今度は金堂をすぎて 仁王門まで そして又 上段まで登る

そういう順序でした それを8月の暑いときにしたのです もう汗だくだく・・
このあと まだ2ヶ寺おまいりをするのです

尾道って とっても人気の有る観光地ですが 本当に坂ばかりです

この後は 一番人気の有るお寺 千光寺へと向かいました

なかなか更新できませんでした
2年近くも前にお参りしたものを 写真とパンフレットを頼りに書いています
記憶不確かな所も あります ごめんなさい

中国33観音霊場のHPは こちらです

撮影 2005/08/29
使用カメラ CANON PowerShot A95

第11番 向上寺

尾道と今治を繋ぐしまなみ海道で結ばれた芸予諸島
瀬戸内海のほぼ中央に位置し 交易の中継点としてさかえました
そして 村上水軍の根拠地でもあるのです

因島と大三島の間にある生口島は 平安末期に後白河法皇の荘園として発展し 戦国時代は 毛利元親の三男 小早川隆景大陸交易の拠点とした

地図は  こちら

向上寺は 地頭の生口守平が 応永7年(1400年)瀬戸田の観音霊場に堂宇を建てたのが始まりです

三原にある12番札所佛通寺の修行僧を収容する向上庵が 始まりとされています

入り組んだ道を上がっていくと 朱塗りの山門が見えてきます

画像1 山門


瀬戸田町に生まれた日本画家 平山郁夫画伯は 少年時代に向上寺の境内を遊び場所としてよく遊んでいたといいます
「しまなみ海道53次」という水彩画のシリーズもあり この山門も描かれています

山門をくぐって 中から眺めた所です
もう観音様は すぐ近くです

画像2


でも 本堂はじめ主な伽藍は 明治6年の火災で焼失
その後 古材を使って建てられた本堂も老朽化で取り壊され 現在は ご本尊をおまつりする仮本堂と鐘楼 そして国宝の三重塔のみが静かに立っています

鐘楼です 

お参りの順序として 山門を入り 手 口をすすいで まず鐘を突いて 着ましたよってお伝えするのです
まぁ 鐘を自由につけるお寺の場合ですが・・

それからお札を納めたり おまいりをするのが礼儀なのです


画像3


仮本堂 この中にご本尊様がおられます

画像4


御本尊の聖観世音菩薩は 33年ごとにご開帳する秘仏で 御前立ちの仏様を拝んできました

画像5


いよいよ国宝の三重塔に行きましょう
急な石段を登っていくのです

画像6



この美しい三重塔は 室町時代の建築で 昭和33年に国宝に指定されました
レンズに光が入ってしまった 変な写真でごめんなさい


画像7



細部の装飾が 見事です


画像8



山ノ上からの眺めは 本当に絵に描いたような美しさでした


画像9



画像10


生口島には 平山郁夫美術館があります
今回はおまいりのツァーでしたのでみることはできませんでした

画像11


美術館の直ぐとなりに 西の日光として有名な 耕三寺があります

耕三寺は 初代住職が 母上の死去にともない出家をし 菩提を弔うために昭和9年から30年の歳月をかけて 山門 堂宇を建てたものです
浄土真宗本願寺派のお寺ですが お寺というよりは 建物の美術館といったほうがいいような感じのところです
日光の陽明門そっくりの孝養門 そのほかの建物も すべて いわばレプリカ
各年代の建築様式が一同に見れるというお寺です

外から眺めただけで 入ってはいないので詳しくは知らないのです



明るい日差しの中 中国観音第11番札所 向上寺 無事おまいりを済ませました

画像12



第3回備前の国のツアーは 8,9,11番の3ヶ寺無事に終わりました
お天気に恵まれ 本当に気持ちのいい旅でした

次回は 尾道の特別霊場西国寺 10番千光寺 12番 三原の佛通寺へのお参りツアです

カメラ機種名 Canon PowerShot A95
撮影日時 2005/07/18

第九番 浄土寺

浄土寺は 聖徳太子ゆかりの 尾道最古の寺です
推古天皇の24年(616年)聖徳太子が西国における仏法興隆のため 開いたと伝えられています

山陽本線のガードをくぐって 山門への階段は続きます
山門の屋根が見えていますよ

浄土寺へ至る道



山門は 鎌倉時代のもので 重用文化財です

山門1


山門をくぐって 振り返れば そこは運河のような海が開け 対岸に向島が見えます

山門2


正面には 国宝の本堂が堂々たる朱塗りの姿で立っています
本堂は 方5間 入母屋作りで 1327年の再建です


本堂1


右手に眼をやれば 阿弥陀堂 多宝塔が・・

阿弥陀堂と多宝塔


阿弥陀堂は 国重用文化財 です
和様に唐様をあわせた優美な姿です

阿弥陀堂


多宝塔は 国宝で 高野山 石山寺のとともに 日本三大多宝塔に数えられています
本当に美ごとに美しい姿です


多宝塔(国宝)



尾道は瀬戸内有数の良港として 古くから栄え 交通 経済 軍事の要所となっていました
浄土寺は 武家 公家双方から庇護され 裕福な尾道承認からの寄進も相次いだのです

本堂内部の観覧は 500円
ここは奮発して 拝見しましょう

ここまでは 何方でも入ることが出来ます この奥が内陣になっています
この紋所は 足利尊氏の紋です
足利尊氏は 湊川の戦の前に ここ浄土寺に参詣し戦勝を祈願したのです
堂内左脇陣は 「尊氏参篭の間」と少子 高氏の肖像画があります

この紋所


ここから内陣 及び 阿弥陀堂内部 庭園です
本堂内部は 撮影禁止でしたので写真はありません

ここは 勅使をお迎えする部屋です
一段、二段と高くなった上段の間がついています

勅使の間


勅使の間の襖絵です 金箔を保護越したきらびやかなものでした

勅使の間 ふすま絵


このお坊さんの案内で 中を見せていただきました
とっても面白く説明されてみな聞き入ってしまいました
写真を写すアングルも ちゃんと教えてくれるのです
「こ 写しておくといいですよ」 とかいってね

説明する僧侶


これは そうして写したものです  なんだか説明されたのですが すみません 忘れました
重要なものだそうです


石灯籠


庭園です

庭園1


正面に見えている茶室は 豊臣秀吉が 伏見城内に建てた燕庵を 移築したものです
各流の茶会が 開催されるそうです

庭園2


山と海に挟まれて 坂道だらけの狭い尾道の町に こんなに平らな広い境内を持つお寺があるということだけでも このお寺が 栄えていたのがわかります


このあと なんか寺か 尾道ではおまいりしましたが もう石段の連続でした

中国観音霊場 第九番 浄土寺 無事 お参り済ませました

朱印と御影



カメラ機種名 Canon PowerShot A95
撮影日時 2005/07/18

第八番 明王院

福山市の真ん中を南北に流れる芦田川のほとり 国宝の本堂や五重の塔を持つ明王院は 真言宗大覚寺派の古刹です

その門前には かって 草戸千軒といわれて栄えた港町がありました
寛文13年の大洪水で 一夜にして 川底にうずもれました

草戸千軒案内板



この川です きれいな景色です

芦田川



長い急な石段を上り詰めると 「萩の門」と呼ばれる雄大な山門が・・


明王院石段




山門



山門から 正面に 和様と唐様が巧みに融和した国宝 観音堂(本堂)があった

山門から見た本堂



本堂 観音堂は 鎌倉末期の 元応3年建立 
和様 禅宗様 大仏様を折衷した建物で 尾道の浄土寺本堂とともに 折衷様では最古のもの
本尊の十一面観世音菩薩は 33年に一回ご開帳の秘仏です


本堂




本堂の左手には 国宝の朱塗りの五重の塔が 聳え立ち 右手には 入母屋作りの書院と庫裏が 整然と並んでいる


境内1



五重の塔は 1348年 南北朝戦乱のときに広く庶民の浄財によって 建立された
全国の国宝五重の塔のうち 5番目の古さを誇っている
美しい塔です


五重の塔1



屋根のそりが なんとも美しいです


五重の塔2



入母屋作りの書院と唐様の玄関です


書院



梵鐘は 福山藩主3代永野勝貞の寄進したもの


鐘楼



境内です 中央が本堂 鐘楼 右手が 書院です


境内2



境内から山門を見ています

山門



お大師さんの像がありました


お大師さん



塔の奥に庭には 池があり 観音様と七福神が祭られていました


七福神と観音様



裏山の緑に朱塗りが映えて 本当にきれいな五重の塔と 観音堂でした
暑い中を歩いて この緑の中は 静かで 涼しい風も吹く 気持ちのいい空間でした
この日は ここ明王院が最後のお参りで 一路 バスで家路へと向かいます


いただいてきた後朱印です

後朱印



緩やかに流れる芦田川 その昔は暴れ川として有名だったとか
一夜にして消えた豊かな村は 長く幻の村とされてきたが 本格的な発掘調査で 中世集落の全容が明らかになり 広島県立歴史博物館に展示されているそうです 


カメラ機種名 Canon PowerShot A95
撮影日時 2005/07/18
プロフィール

TOSSY

Author:TOSSY
TOSSYと一緒に 巡礼の旅を!
歴女 仏女 TOSSYです

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