スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

春のお彼岸の四天王寺

春のお彼岸ですね
お彼岸には お墓参りやお寺参りにいかれますか?

大阪のTVでは お彼岸には毎年 決まって四天王寺がうつります
「善男善女がお参りに来ています」 と言う季節物の放送ですね

で 私も 善女の仲間入りをして 四天王寺へ行ってきました
四天王寺のお寺のご紹介は 7月にしていますので(こちら) 今回はお彼岸風景を紹介しますね

18日に行ったのですが とっても暖かくて サクラ咲くころのような陽気でした
いいお天気に誘われてのお参りも多かったのだと思います

JR環状線の天王寺駅から歩いていったのですが 参道の歩道は それこそ善男善女で満員
出店も沢山出ています

そんな参道を歩いて行きました

四天王寺 石の鳥居

天王寺と言う地名は 四天王寺から来ているのです 
大阪人は 何でも 短くしてしまいます 四天王寺も天王寺に略されたのです
でも ちゃんと 尊敬して  天王寺さん と呼ぶのです

なににでも 親しみをこめて ’お’ や ’さん’をつけるのが 大坂言葉です

天王寺さんに続く参道です

いろいろなお店が出ています 
面白いのは 回向に用いる経木を書く出店があるのです
お寺にももちろんあるのですが 道端に何箇所も出ています
そこで 先きに書いておくと 後が楽だと言う大阪人らしい合理的なやり方なのですね

↓の右上の写真ですよ

参道の出店

掘りたてのたけのこも出ていました
小さなたけのこはゆでなくても焼いて食べるとおいしいといっていました
かご山盛りで 1000円 やすいねぇ



四天王寺は 聖徳太子創建の日本で一番古い仏教寺院です 推古天皇元年(593)に建立されました
長い歴史の中 何度も戦火に焼かれ 台風にもあい 再建を繰り返しますが 最終的には 太平洋戦争の大阪大空襲によって 境内のほぼ全域が灰燼に帰してしまいました。

今の建物の殆どは 戦後に再建されたものです

昨年の夏に来たときは なんとがらんとしただだっ広いお寺だろうと思ったのですが お彼岸には 境内にも で店がいっぱい
そこに参詣者もいっぱい
お祭りのようでした

境内見取り図です 四天王寺さんのHPより お借りしました

境内見取り図

赤い星印をつけたところが 1枚目の石の鳥居のあるところです
お寺に鳥居です

西大門です 極楽門とも呼ばれています
この門にはあまり他所ではみられない「転法輪」という手で回すコマ様のものが4基ついています これはブッダが教えを説かれることを表す法輪(チャクラ)を小さくしたもので、手で回すことにより「仏の法(のり)を教えて下さい」と挨拶代わりにしたのが起源です。

西大門コラージュ

大門の周りには植木市のように 花屋が店開きをしていました
帰りに買いましょう

花の出店

にぎわっていますね
五重の塔と金堂が見えています

四天王寺境内


四天王寺といえば 先ず思い浮かべるのが ここ カメの池です
暖かい春の日差しの中で きょうも 沢山の亀さんたちが 甲羅干しをしています

亀の池 コラージュ

亀の池の向こうに見えるのは 六時堂です
真ん中には 石舞台があります

六時堂 コラージュ

境内中央に位置する雄大なお堂で、昼夜6回 にわたって諸礼讃をするところから六時礼讃堂と呼ばれています
薬師如来・四天王等をお祀りしています 
また 入り口には 賓頭盧尊者(びんずるさん)像やおもかる地蔵が祀られて 信仰を集めています

写真下段 右は 賓頭盧尊者(びんずるさん) 
釈迦の死後、仏法を守るように命じられた16羅漢のなかでも第一尊者で 、自分の病の部分と同じ箇所をなでると病が治るとされ、進行されています
私は脚と腰をちゃんとなでてきました この冬は よくいたくなったのです

写真右は おもかる地蔵さん
その人の願いが叶うかどうかをしめしてくれるお地蔵様で 抱き地蔵様とも呼ばれています
お地蔵様を持ち上げてみて重ければ願いが叶いにくく、反対にかるければ願いが叶いやすいといわれています
そんなに重くは感じなかったわ でも 私の願いって?
差し迫って願っていること? 歩いても脚が痛くなりませんように・・

亀井堂も もう人でいっぱいです ここは 井戸が湧き出しているのです
回向(供養)を済ませた経木を流せば極楽往生が叶うといわれています。

亀井堂

中門です 
脇の間に伽藍の守護神である金剛力士 (仁王像)をまつっていることから俗に仁王門 と呼ばれています

仁王門

中心伽藍の五重塔と金堂です
お彼岸のときは混雑をすると危険だからでしょうか
塔には入れないようでした この前に上ったのですが 暑かったぁ

五重の塔と金堂

境内の新緑が 目にしみるほどキレイでした
日差しも暖かいというよりも 暑いといってもいいくらいでした

お地蔵さんも お大師さんも 日差しをさけるための帽子をかぶっています

日差しの中で コラージュ

今回も 釣鐘饅頭とおせんべいを買ってきましたよ
これ すきなのです ほのぼのとした甘さです

釣鐘堂 お饅頭


そして 菊の苗を4つ買って おなかもすいてきたので 又 いつものおらがそばで天ざるを食べました

おらがソバ 

このあと 一心寺さんにおまいりに行って帰ったのですがこの日は16000歩もあるいて疲れました
河川敷をその程度歩いても 平気なのですが 人が多いのです
それも 殆どが年配者 ぶつかったら大変です

倍 疲れますね
 
でも 昨年行った平日のがらんとした天王寺さんよりも ずっと生き生きとして魅力的なお寺さんでしたよ

庶民のお寺を実感しました

今回写真は コラージュにしてお見せしていますが アルバムには元のものを入れています
宜しかったらゴランになってくださいね

四天王寺 春のお彼岸


デジカメ散歩日記にアップしたものを再掲しています

デジカメ散歩日記にはいろいろなジャンルの記事をアップしていますので 宜しかったらご覧くださいね


当BLOGで使用している写真 動画の複製 無断使用 お持ち出しは ご遠慮くださいね



カメラ機種名 Canon PowerShot G10
撮影日時 2009/03/18

スポンサーサイト

theme : 寺社仏閣
genre : 写真

東光院 ハギの寺

大阪名所 ハギの寺として有名な 東光院(大阪府豊中市)のご案内です
阪急電鉄宝塚線曽根駅から 10分ほど歩く 住宅街の中にありました
雨の降る中 行ってきました

ハギの寺 山門

山門は 薬医門と呼ばれる形式の門です
ここで 東光院について ハギの寺HPより少し ご案内です

新西国三十三ケ所第十二番霊場です。天平年間(735年)行基菩薩により創建され、御本尊として同菩薩自作の薬師如来と十一面観世音、重文(旧国宝)降魔座釋尊を安置しています。
孝徳天皇の御代に、豊崎村下三番(現大阪市北区中津)にて、行基菩薩が火葬の方法を伝授したのを起縁とし、薬師堂を建立したのが当院の由緒とされています。その際、死者の霊を慰めるため、当時淀川水系に群生していた萩を供花として霊前に捧げたことが、当院の萩の植栽の起縁といわれています。


元は大阪の豊崎村 今の 中津の済世会病院ちかくにあったのです
大正2年(1913年) 現在の豊中市に移転しています
そのとき 境内のハギもともに移転して今に至ってもハギの寺として親しまれています

山門をくぐると ハギの花がさいています
石畳の参道にかぶさってきています

星岡茶寮ゆかりの魯山人観音 すぐ目の前に 観音様 がたっておられました
この観音様は 星岡茶寮ゆかりの魯山人観音です
魯山人とは 北大路 魯山人(きたおおじ ろさんじん) 美食倶楽部を作った芸術家 (1983-1959)
早く言えば 「美味しんぼ」に出てくる海原雄山は 魯山人をモデルに作られた登場人物といわれています
その魯山人の高級料亭(星岡茶寮)が曽根駅前に開店し 魯山人も自作の観音像を奉納し 開店繁栄を祈願したのです

この観音様は 魯山人観音を平成17年に等身大の大きさに焼き上げたものです


観音様を通り過ぎると 大きなお堂の前に出ます あごなし地蔵堂 です
寛文5年(1665)12月完成上棟<九昌院主光意代>
旧川崎東照宮御本地堂、豊中市有形文化財です

あごなし地蔵堂

振り向けば 山門が見えます

山門

本堂 吉祥林・円通殿 です

ハギに包まれた本堂

新しい建物です 
阪神淡路大震災で倒壊し 平成11年10月19日竣工の再建です

本堂前のススキが秋を感じさせてくれました

ススキと本堂

道了大権現堂です
小田原藩蔵屋敷内所在「道了権現祠(どうりょうごんげんやしろ)」を移築したものと伝えられています

道了大権現堂

真っ白な オシャカ様が 座っておられました

釈迦如来白仏像

新西国33観音霊場は 昭和7年に新聞社が読者の意見を聞いて 選定した巡拝コースです
平安のころからある 西国33観音に対して 新しく作ったから 新西国なのです
一般から意見を聞いて選定あいただけあって おまいりのしやすい場所にある親しみやすいお寺が多く 私も何寺かおまいりしています

観音参りのときは 納札といって 観音堂に札をお納めするのですね
本堂とは別のお寺が多かったように思います(中国33観音は 満願しています)

先立ちがおられるとどこにお参りするのか教えてもらえるのですが 一人で行くとうろうろしますね

一人で行っているときは別に朱印もいただいていないので 本堂をはじめ全部のお堂にお線香を上げてきます

それからおもむろに撮影

やはり 拝観料は払っていますが お賽銭も入れないで バシャバシャは罰当たりに思ってしまいます

このお寺は 俳句ともかかわりが深く 句碑がいくつもありました
そして 正岡子規のなくなった日に 「へちま忌」が行われたらしく ヘチマが供えられていました

へちま供養

大きなヘチマには 短歌が 彫りこんでありました

雨も上がってきましたので お庭のハギを写しましたが それは次回にアップします
ここの萩の庭は 萩露園 北大路魯山人の命名です

萩露園

雨にぬれたハギは 露を置いた萩のようでした

花日記「今日の花」は 毎日更新をしています  こちらもよろしければ見てくださいね

この記事は 私の「デジカメ散歩日記」から再掲しました


当BLOGで使用している写真 動画の複製 無断使用 お持ち出しは ご遠慮くださいね



カメラ機種名 Canon EOS Kiss Digital X
撮影日時 2008/09/26
レンズ TAMRON AF 17.0 - 50.0 mm

カメラ機種名 Canon PowerShot G9
撮影日時 2008/09/26


theme : 史跡・神社・仏閣
genre : 写真

四天王寺

聖徳太子の建てられた日本最古の寺 四天王寺のご案内です

四天王寺は、推古天皇元年(593)に建立されました。 今から1400年以上も
前のことです。 『日本書紀』の伝えるところでは、物部守屋と蘇我馬子の合戦
の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、
自ら四天王像を彫り 「もし、この戦いに勝たせていただけるなら、四天王を安
置する寺院を建立しましょう」 と誓願され、勝利の後その誓いを果すために、
建立されました。  四天王寺HPより


大阪市天王寺区にあるのです
お彼岸には 大勢の善男男女がお参りしていますと毎年ニュースで流れますが 行ったのは始めてです

JR天王寺駅から 歩いて15分ぐらいです 日本三鳥居の一つ 重要文化財 石の鳥居です
お寺に鳥居? これも神仏混淆? 
HPによると 元来鳥居は 聖地結界の四門として古来インドより建てられたも
ので神社に限ったものではありません とのことです

石の鳥居

扁額扁額の文字は「釈迦如来 転法輪処 当極楽土 東門中心」と書いてあり、これは『 おシャカさんが説法を説く所であり、 ここが極楽の東門の中心である』の意です。この額は箕の形をしており<チリトリ>のように全ての願いをすくいとって漏らさない阿彌陀如来の本願を現しています。もとは木造でしたが1294年に現在の石造となりました。

正面に見えているのは 西大門(極楽門)です 五重の搭も見えていますね

正面に見えているのは 西大門(極楽門)です 五重の搭も見えていますね

では お参りしましょう

四天王寺は 創建されてから何度も 焼失 再建を繰り返しています

第2次世界大戦の大阪大空襲で ほとんどの建物が焼失し 今あるものは 大部分が戦後の建物です

西大門のお香立て と 「転法輪」 です
「転法輪」という 手で回すコマ様のものが4基ついていますが これをまわしてご挨拶です

西大門 「転法輪」をまわす


金堂と五重の搭です

金堂と五重塔


左へと回っていくと中門(仁王門)があります
仁王門 五重の搭 金堂 講堂が一直線に並び 周囲を回廊が取り囲む建築様式を 四天王寺式伽藍配置といい 日本でもっとも古い建築様式です

中門と五重塔


ここから入ります(有料) 入れば ぐるりと回廊があります

ここから入ります 回廊


五重塔です ここは開放されていますので中に入って登ることが出来ます
登りました 現代建築ですから 内部は螺旋階段です 風情は全然ありません
登りきったところも 暑くて 見晴らしも大してよくありませんでした 
四天王寺はどの堂屋も 内部の撮影は禁止です

五重塔


昭和28年に 三重県国束寺(四天王寺末寺)本堂を移築したものです

阿弥陀堂


六時堂です 前の池には 亀がいっぱいいます

六時堂


写真 他にもありますので まとめてアルバムにしてあります
良かったら 大きな画面のスライドショーでご覧ください

スライドショーは こちら クリックしてみてくださいね

始めて訪れた四天王寺 広い大きなお寺でした
でも ・・あんまり落ち着かなかったのです
今までたくさんのお寺には 参ってきましたが ここはがらんとした印象
明るすぎたのでしょうか 荘厳な感じにはなれませんでした

このお寺を 上手く写すには 時間 季節などいろいろ考えないと難しいでしょうね

暑くてしんどかったので 古い建物の残っている区画にはお参りできませんでした

四天王寺から少し上がれば 夕陽丘 むかし夕日がきれいだったからついた地名
秋の夕暮れに一度写しに行きたいと思っています
が 私のところからは 神戸のほうがうんと近い
大阪に住んでいたこともあるけれども 北大阪だし ミナミもナンバまでしかしらないのです 
天王寺はほとんど来たことがないのです

まったく土地感がないので地図がいりますね

そうそう お寺の境内に学校が 四天王寺学園がありました
卒業生がオリンピックに出るそうです

ここが学校の入り口だなんて 信じられない風景です

四天王寺学園



この記事は 「デジカメ散歩日記」からの再掲です


花日記「今日の花」は 毎日更新をしています  こちらもよろしければ見てくださいね

当BLOGで使用している写真 動画の複製 無断使用 お持ち出しは ご遠慮くださいね


カメラ機種名 Canon PowerShot G9
撮影日時 2008/06/24 13:00:36

theme : 寺社仏閣
genre : 写真

甲山神呪寺

今日は 甲山の中腹にある 甲山神呪寺のご紹介です

神呪寺は 新西国33箇所観音霊場第21番 です
西国33箇所観音霊場めぐりは 日本で一番古い霊場めぐりで 平安時代に作られましたが 新西国は 昭和7年 新聞社が 読者の意見も聞いて制定しています
お参りする人の多い名刹が多く含まれています

神呪寺は 通称「甲山大師」と呼ばれ 広く親しまれているお寺です
子供のころから おわんを伏せたような甲山を毎日眺めて育った私には 一番 馴染み深いお寺さんです

甲山は 神功皇后が国家平安守護のために、山に如意宝珠・金甲冑・弓箭・宝剣・衣服等を埋めたと伝えられ このことから甲山と名づけられたと伝えられています
神呪寺は 天和年間(828年)に淳和天皇第四后・如意尼が 甲山に入ったのが最初とされています
寺名の神呪寺は「かんのうじ」と読みます。これは、「神の寺」→「かんのじ」→「かんのうじ」となったようですが 神呪は本来「じんしゅ」または 「しんじゅ」と読み、「神秘なる呪語」「真言(仏様のお言葉)」という意味です
開山当時の名称は「摩尼山・神呪寺(しんじゅじ)」 後に山号は 武庫山→甲山になりました


全景です
この写真は 甲山88ヶ所めぐり(後で紹介します)の第71番札所の絶景ポイントからの撮影です

神呪寺全景


神呪寺山門(仁王門)です
この仁王門は  文化元年(1804)に第63世寛眼和尚が建立したもので 西宮市の指定重要有名文化財です

神呪寺山門 冬


桜のときは きれいですよ  

神呪寺仁王門 桜 神呪寺にウ門 桜


仁王さんです

神呪寺 仁王  神呪寺 仁王


迎春の門 石段は 仁王門の下から始まります 段数は数えたことは無いですが 結構急です
仁王門の前は道路です この近くにダムができて道を付け替えるときに 分断されました
横断には 注意です すぐ右手がカーブなのです



神呪寺仁王門前


古い石仏 道路を渡り 石段をあがっていくと 途中で 左右が広い場所にでます 右側に 石仏が並んでいます 西国33観音霊場の石仏です
64代和尚が 享和3年に創建されたものだそうです
左側には古い石碑が積み上げてありました

古い石仏2


真っ赤に染まった甲山を背にした神呪寺本堂です(2007/12/06 撮影)

神呪寺本堂


ご本尊は 国指定重要文化財 木造如意輪観音坐像 です
5月18日に 本尊の開扉があります 私はまだ拝んだことが無いのです いかなくちゃぁ

こちらの観音様は 融通観音といって 何でも融通してくださるありがたい観音さま
お守りに 金色の融通小判と言うのがあります
これをお財布に入れておくと お金に困らないという ありがたいお守り

今度 ご開帳のときに行って よ~~く拝んで小判もいただいてこなくては・・

本堂の隣には 不動堂があります

不動堂


鐘楼です
4本の柱だけで建っていますが 倒れたことは無いのです
阪神大震災のときも 釣鐘は落ちませんでした 縁起がいいのです

鐘楼


多宝塔と お稲荷さんです

多宝塔


稲荷大明神


本堂の横手に こんな仏様が 座っていました
びんづる尊と言うそうです このびんづるさまを(自分の悪いところを)さすると 直していただけるのです 頭とか目とか 足とかをさするのですよ

びんずる様


何回にもわたって写してきた写真です 季節も 色々cameraも色々です

ところで 1番の写真ですが 甲山88ヶ所の絶景ポイントと書きましたね

来れは 甲山に 四国88箇所のミニ遍路路があるのです
色々なお寺でよく見かけるお砂ふみではありません
山道を歩いて回ります

昔 四国にお遍路に行くには 船しかなく 上方からは 遠くて庶民には 行くことは困難でした
そこで 誰でも巡礼ができるように 寛政10年(1798)に四国八十八ヶ所の各札所の砂を持ち帰り、それらを神呪寺 境内の南部に敷いて、「甲山八十八ヶ所」が建立されました
そのころ 神呪寺の寺領は すごく広かったのです
南側の山に 遍路路はあります
お参りしてきました  
でも 88箇所の仏様をすべて順番どおりに並べて整理してアップするのに いま少し時間がかかります

ゆっくりと間違えないようにしたいと思いますので しばらくお待ちくださいね


花日記「今日の花」は 毎日更新をしています  こちらもよろしければ見てくださいね

当BLOGで使用している写真 動画の複製 無断使用 お持ち出しは ご遠慮くださいね



この回は デジカメ散歩日記に先にアップしたものの再掲です

theme : 史跡・神社・仏閣
genre : 写真

tag : 西宮市 新西国33観音霊場

新西国25番 太山寺

神戸市西区にある天台宗のお寺です

ここは 鎌倉時代の国宝の本堂があるのです 神戸市唯一の建造物での国宝です
秋には紅葉が美しいと聞いて やってきました

20年ほど前に開発されたニュータウン 学園都市駅から タクシーで行きました
隣の井川谷駅からバスは出るのですが 本数が少ないのですよ


拡大地図を表示

バス邸のすぐ前に仁王門があります
室町中期のもので 国の重要文化財です

太山寺仁王門


ここで 太山寺仁ついて 少し解説です 読むのが面倒な人は 飛ばしてね

Wikipediaによると

太山寺(たいさんじ)は兵庫県神戸市西区にある天台宗の仏教寺院。山号を三身山(さんしんざん)と称する。本尊は薬師如来と十一面観音、開基(創立者)は藤原宇合(ふじわらのうまかい)と伝える

「播州太山寺縁起」によれば、元正天皇の勅願寺として716年(霊亀2年)に発願者である藤原鎌足の孫の藤原宇合が堂塔伽藍を建立したとされる。開山(初代住職)は藤原鎌足の長男・定恵(じょうえ、「定慧」「貞恵」とも書く)とされている。創建時の建物は1285年(弘安8年)の火災で焼失しており、現存する建物はそれ以降に再建されたものである。



仁王門をくぐって中に入ると 酒屋さんがあるのです
お寺まで 普通の民家があるのは 昔は たくさんの塔頭(たっちゅう)があったところに家があるのですね
塔頭とは 寺院の境内にある小さな脇寺のことです

太山寺は 建武中興のとき 大塔宮護良親王(もりながしんのう)の令示を受けて 大活躍したそうです
41の子院があり末寺八ヶ坊 僧兵もいて勢力を誇っていたそうです

今も 参道には いくつか塔頭がありますが あとで又 紹介します

参道です 白い壁 少しカーブした道 美しいです この壁は塔頭の壁です

参道を行くと 石段があり 赤い門が見えてきます 太山寺の中門です

参道 太山寺中門


ここで 境内の案内図です これもパンフレットからお借りしました

太山寺境内図


中門を入ると 正面に 赤い本堂が一段高く ど~んと 建っていました
お寺の本堂というイメージではないのです

太山寺本堂


本堂はは 火災で前の建物が消失したので  永仁年間(1293-1299)に再建されたものです
大きさは 正面20.82m 側面17.78m  大きくて 優しい感じのお堂です

石段の上にあるので 正面の写真写せなかったので お寺のパンフから 拝借しました
これは 横手にある三重の塔からうつしたものですね

太山寺本堂 パンフ


国宝のお堂の中にも 入ることができるのです
ゆったりと おちついたいい空間でした

太山寺本堂


朱塗りの丸い柱の美しい空間です
左手が下陣 私たちがお参りするところです 
ご本尊 薬師如来は 写真右手 格子の中 内陣におられました

本堂から 中門を眺めたところです

本堂から 中門


中門を入ってすぐ 左手には 朱塗りの美しい三重の塔が あります
貞享元年(1688年)の建立で 県指定文化財です
手前の屋根は 手洗い舎です

三重の塔



赤い橋をわたると 奥の院、 稲荷舎 地蔵堂があります

あかい橋


太子堂へと続く石段には 赤く色づいた紅葉 石段をあがると太子堂です

太子堂への石段太子堂


本堂の裏手には 羅漢堂と釈迦堂があります
これは羅漢堂 江戸後期の建物です

羅漢堂


本堂左手の護摩堂です 

護摩堂


鐘楼です

鐘楼


鐘楼のところから 阿弥陀堂への渡り廊下が ありました
阿弥陀堂は 本来は天台宗の修行堂でしたが 本尊の阿弥陀様への信仰が高く 阿弥陀堂となったのです

阿弥陀堂1阿弥陀堂2


ご本尊の阿弥陀如来坐像は 鎌倉時代のもので 国指定重要文化財です
丈は 1丈6尺といいますから 像高274cm、定朝様式で 時代は違いますが 宇治平等院のものと ほぼ同じ大きさです

格子越しに 真正面に阿弥陀様がおられました ピッカピカ  後光がさしていました

阿弥陀如来坐像


紅葉に彩られた 三重の塔です 

紅葉と三重の塔


ひなびた田舎というかんじの周りの景色です

所在地周辺55.9haは「太山寺風致地区」として自然景観が保護されているため境内の内外には原生林が残る深森で、ひょうごの森百選にも選ばれ、春は桜、秋は紅葉の名所として知られています

名刹なのに 京都などと違って観光客は少なく ゆったりと静かなときをすごせます

アルバムを作りました
太山寺仁行く途中にある塔頭や 境内の石仏 いろいろな角度から写したお堂
よろしかったらご覧くださいね

写真クリックで 別窓で開きます スライドショーでご覧くださいね 
縦位置の写真が多いので F11で全画面表示にされますと 写真が見やすくなります
戻るときは閉じてお戻りください

新西国25番 太山寺



太山寺は 神戸市西区伊川谷町前開224です

アクセスは

車なら ・第2神明道路 高丸ICより 車で北へ10分

    ・阪神高速北神戸線 前開ICより  車で東へ5分

電車なら  神戸地下鉄名谷駅か 伊川谷駅よりバス、 太山寺下車です
本数が少ないので調べてから行かれるといいですよ


私はおまいりを済ませた後 すぐ近くにある太山寺温泉 なでしこの湯に入って そこの送迎バスで 学園都市駅まで送ってもらいました


theme : 史跡・神社・仏閣
genre : 写真

プロフィール

TOSSY

Author:TOSSY
TOSSYと一緒に 巡礼の旅を!
歴女 仏女 TOSSYです

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
訪問履歴
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。