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四十七士の眠る寺 赤穂 花岳寺

赤穂といえば 忠臣蔵 それ以外あるのは海だけといってもいい忠臣蔵オンリーの町です

まず 四十七士のお墓のある花岳寺におまいりしましょう

JR播州赤穂駅からのMAPです


拡大地図を表示

花岳寺は 浅野長直公が常陸笠間から赤穂に所替えになったとき、浅野家の菩提寺として建てられました。
赤穂藩歴代藩主の菩提寺であり 四十七士の墓には 遺髪がおさめられていると伝えられています

山門です

花岳寺山門


もと赤穂城の塩屋惣門を 明治初年ここに移して山門としました。
現在 大石家長屋門とともに 僅かに残る元禄をしのばせる建物のひとつです

中に見えている松の木は 二代目 大石名残の松です
初代は 大石良雄(くらのすけ)が 亡き母のために植えた松で 赤穂を去る時に名残を惜しんだということから 名残の松と呼ばれていました 今は2代目の松です

花岳寺山門2


本堂です

花岳寺本堂


天井には 江戸末期の日本画の大額「竹に虎」が上げてありました

天井画


お墓は この奥にあるのです

忠義塚拝観料を払ってはいるとすぐこの忠義塚が目に付きます
義士の50回忌(1752)に建てられました
塚の後方 左手が浅野内匠頭と四十七士の墓所です
 

中央が主君浅野内匠頭 その右は大石内蔵助良雄 左は 大石主税の墓です
墓の向こうに見えているのは 宝物館です
浅野家や義士に関する宝物書物が収められています

義士の墓1


その周囲には 右側から格式順に四十七士の墓が並んでいます
これは左側です
青い花が入っている墓は ただ一人の生存者 寺坂吉右ヱ門の墓です

この墓は 義士37回忌に建てられ 遺髪がうずめられていると伝えられています

義士の墓2


水琴窟ちょっとおもしろいものを見ました
これは何だと思われますか?


水琴窟 (すいきんくつ)です
水道の蛇口のついている水琴窟  はじめてみました
なんとも・・・風情がないですね

そのほかに 義士木像館が ありました
内部は撮影禁止ですので写真はありません




大河ドラマでも 何回もされた赤穂義士ですが 大まかなところは知っていますが 義士一人一人のことは 何もしりませんでした

お寺でいただいた義士一覧表を見ると 下級武士が半分ぐらいいてました
石高で勘定する家でなく 5両3人扶持(神崎与五郎)なんて 本当に下っ端ですよ
そういう人たちが主君のあだを討ったのですね

浅野家の菩提寺というから もう少し大きい墓所と思っていました
本当に狭いところにそんなにおおきくない墓石だったのでビックリしました
始祖や先代の墓も 同じような大きさでした
浅野家は大名といっても たしか5万石 それで お墓もそんなに立派ではないのかしら?

赤穂は塩で有名ですが 元禄のころには 赤穂の塩は ブランド塩だったのですね
吉良家の領地でも 塩を作っていて その塩は赤穂のに比べて品質が落ちるので高く売れない
それをねたんでの 意地悪だったという説が有力だと聞いたことがあります
塩作りのノウハウを内匠頭に聞いたが教えてもらえなかったとか・・

こういう話は 一昨年 中国観音参りに行っていたときにバスガイドさんから聞きましたよ
年配のガイドさんでしたが 凄く歴史に詳しくて 感心しました

この記事は 9月8日にデジカメ散歩日記に書いたものの再掲です


カメラ機種名 Canon EOS Kiss Digital X
撮影日時 2007/08/19
レンズ TAMRON AF 18-200


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theme : 神社めぐり
genre : 旅行

comment

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29~31日 瀬戸内のたびにいきます。二日目が赤穂です。
 とても参考になります。
 お参りしてきます。

水戸小紋さん
いっていらっしゃ~~い
きっとお天気はいいですよ

姫路城も今 いいですよ

おかげさまで 短い拝観時間にもかかわらず よくわかって いい旅でした。お殿様の墓にみえるように 名前を入れているのには 目頭があつくなりました。 

お役に立ててうれしいです
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Author:TOSSY
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歴女 仏女 TOSSYです

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