今日は 甲山の中腹にある 甲山神呪寺のご紹介です
神呪寺は
新西国33箇所観音霊場第21番 です
西国33箇所観音霊場めぐりは 日本で一番古い霊場めぐりで 平安時代に作られましたが 新西国は 昭和7年 新聞社が 読者の意見も聞いて制定しています
お参りする人の多い名刹が多く含まれています
神呪寺は 通称「甲山大師」と呼ばれ 広く親しまれているお寺です
子供のころから おわんを伏せたような甲山を毎日眺めて育った私には 一番 馴染み深いお寺さんです
甲山は 神功皇后が国家平安守護のために、山に如意宝珠・金甲冑・弓箭・宝剣・衣服等を埋めたと伝えられ このことから甲山と名づけられたと伝えられています
神呪寺は 天和年間(828年)に淳和天皇第四后・如意尼が 甲山に入ったのが最初とされています
寺名の神呪寺は「かんのうじ」と読みます。これは、「神の寺」→「かんのじ」→「かんのうじ」となったようですが 神呪は本来「じんしゅ」または 「しんじゅ」と読み、「神秘なる呪語」「真言(仏様のお言葉)」という意味です
開山当時の名称は「摩尼山・神呪寺(しんじゅじ)」 後に山号は 武庫山→甲山になりました
全景です
この写真は 甲山88ヶ所めぐり(後で紹介します)の第71番札所の絶景ポイントからの撮影です

神呪寺山門(仁王門)です
この仁王門は 文化元年(1804)に第63世寛眼和尚が建立したもので 西宮市の指定重要有名文化財です

桜のときは きれいですよ


仁王さんです


石段は 仁王門の下から始まります 段数は数えたことは無いですが 結構急です
仁王門の前は道路です この近くにダムができて道を付け替えるときに 分断されました
横断には 注意です すぐ右手がカーブなのです


道路を渡り 石段をあがっていくと 途中で 左右が広い場所にでます 右側に 石仏が並んでいます 西国33観音霊場の石仏です
64代和尚が 享和3年に創建されたものだそうです
左側には古い石碑が積み上げてありました

真っ赤に染まった甲山を背にした神呪寺本堂です(2007/12/06 撮影)

ご本尊は 国指定重要文化財 木造如意輪観音坐像 です
5月18日に 本尊の開扉があります 私はまだ拝んだことが無いのです いかなくちゃぁ
こちらの観音様は 融通観音といって 何でも融通してくださるありがたい観音さま
お守りに 金色の融通小判と言うのがあります
これをお財布に入れておくと お金に困らないという ありがたいお守り
今度 ご開帳のときに行って よ〜〜く拝んで小判もいただいてこなくては・・
本堂の隣には 不動堂があります

鐘楼です
4本の柱だけで建っていますが 倒れたことは無いのです
阪神大震災のときも 釣鐘は落ちませんでした 縁起がいいのです

多宝塔と お稲荷さんです


本堂の横手に こんな仏様が 座っていました
びんづる尊と言うそうです このびんづるさまを(自分の悪いところを)さすると 直していただけるのです 頭とか目とか 足とかをさするのですよ

何回にもわたって写してきた写真です 季節も 色々cameraも色々です
ところで 1番の写真ですが 甲山88ヶ所の絶景ポイントと書きましたね
来れは 甲山に 四国88箇所のミニ遍路路があるのです
色々なお寺でよく見かけるお砂ふみではありません
山道を歩いて回ります
昔 四国にお遍路に行くには 船しかなく 上方からは 遠くて庶民には 行くことは困難でした
そこで 誰でも巡礼ができるように 寛政10年(1798)に四国八十八ヶ所の各札所の砂を持ち帰り、それらを神呪寺 境内の南部に敷いて、「甲山八十八ヶ所」が建立されました
そのころ 神呪寺の寺領は すごく広かったのです
南側の山に 遍路路はあります
お参りしてきました
でも 88箇所の仏様をすべて順番どおりに並べて整理してアップするのに いま少し時間がかかります
ゆっくりと間違えないようにしたいと思いますので しばらくお待ちくださいね
すごく長くなりました
ちょっと疲れてきました 今日は この辺で
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